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ちょんがれ

この盆踊り歌は、古来、砺波地方および婦負郡の一部に歌われてきたもので、「西山家弥栄音頭」または「千音加礼節」ともいい、この歌は割り竹を使用して拍子をとるので「四つ折り節」ともいわれている。

その起源といわれているものに、古くは陰陽道系統の呪詞であったのが、儒家・仏教家・神道家までも用い、仏教界では真言・天台において盛んに用いられた。これは仏経を本旨として民衆への浸透を目指して仏陀の霊験信仰を説くよりか、四海の国土の繁栄を礼讃する歌念仏・説教節と各宗派において転化していったもののようである。「ちょんがれ」もその例にもれず、蓮如が、民衆を教化する方便として民衆の嗜好に従い、漁夫に船歌、木樵に木遣歌、農夫に草刈り歌、田植え歌をもって、帰依せしめ、江戸時代に宗門改めの「安心しらべ」の用にも使ったという。盆踊り歌もまた、説経祭文が作られ、奨励されたが、これからくずれたもののごとく、蓮如の足跡を残した近江・三河の地はいずれも盆踊りが盛んで、しかも「ちょんがれ」と類似のものであることからも察知できる。

「新保極楽 荒山地獄 中の名所は砂子坂」という歌は、蓮如の作といわれて福光地方では盆踊りの最初に必ず歌われるものである。「新保」「荒山」「砂子坂」はともに、福光の土山に近い石川県境の集落の地名である。蓮如が寺院建立のために自ら大鐘を鋳むものと諸部落に奉仕を求められた際に、新保部落民の積極的な参加を見たが、荒山部落民の不信の結果を歌われたものらしい。砂子坂には道場があって、多くの信者の集う著名な地であった。この付近には、民謡「新保古代神」「どんぼ踊り」の踊りがある。「西山家弥栄音頭」の名称の由来は、砺波郡西部村山のこと。またその囃子の「弥栄」よりでたという。

「ちょんがれ」には「端もの」「段もの」の二種があり、端ものは端唄のごとく、歌詞の短く諸国の盆踊りに歌われるものは、ほとんどこの「端もの」のようであり、民衆の生活に直接関係の深い故事や、現実に引き起った社会的事象のあれこれを彼ら自身で、たくみにうたいあげた郷土色豊かなものを持っているのである。「段もの」の方は「忠臣蔵」「加賀見山」など、幾段にも分れた長もので、これを二、三人、多いときには幾十人の歌い手が交代で音頭を取る。

福光ちょんがれは平成10年11月24日、城端千代音加礼は平成15年6月4日に、町指定無形民俗文化財にそれぞれ指定されている。

出典

福光町史編纂委員会編『福光町史 上巻・下巻』1971年

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