NANTO Wiki

南砺市に存在している数多くの文化芸術資源に関する情報の一元化がこのページの目的です。 旧8町村の町史・村史等から文化芸術に関する情報をピックアップし、このページに集約しています。こちらのページは、市民の皆様の文化的知識を集約し、反映することも目的としているため、皆様から情報収集を行いながら少しずつ作り上げていくコンテンツです。

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  • 木屋五郎右衛門

    城端人物歴史彫刻工芸

    1623~不明。人形師の始祖。木屋仙人とも称される。享保元年(1716)に西下町の「堯王像」を制作したと伝えられている。その彫刻・人形師の技術はどのように習得したか、来歴はなどは明らかではない。...

  • 荒木和助

    城端人物歴史絵画彫刻工芸

    初代和助(1734~1806)は城端焼を創始し、殿村屋和助、唐津屋和助とも称された。曳山の人形作者、城端における江戸期の代表的な画家としても知られる。和助は紺屋を本業とする家に生まれたが、「唐津...

  • 石崎光瑤

    福光人物絵画

    日本画家。明治17年(1884)、福光にて生まれる。
    11歳のとき金沢の光琳派の師についたが、19歳のときに竹内栖鳳に師事し、京都を拠点に制作活動を続けた。光瑤は、光琳風の華麗な装飾...

  • 蘭台

    井波文化人物

    天明期(1781~1789)の井波俳壇。明和五年(1768)に瑞泉寺第十四代住職となる。安永三年(1774)、井波を訪れた三浦樗良(ちよら)が井波の俳人と連日句会を催していたが、蘭台もそれに参加...

  • 桃化

    井波文化人物

    享保期(1716~1736)の井波俳壇において中心となった人物。瑞泉寺第十二代住職。元禄九年(1696)、浪化の長子として生まれる。幼いころに両親に先立たれ、十六歳で瑞泉寺の住職になった。桃化は...

  • 元禄期の井波俳壇

    井波文化人物

    元禄期(1688~1704)の井波俳壇は、浪化を中心にして最も充実した時期とされており、多くの優れた俳人がいた。主な俳人としては、妙蓮寺四代住職の其継(きけい)や林紅(りんこう)が挙げられる。<...

  • 浪化

    井波文化人物

    越中における、蕉門随一の俳人とされ、越中各地の俳壇に多くの影響を与えたとされる。瑞泉寺第11代住職の応真院常照で、浪化はその俳号である。

    東本願寺第14代琢如(たくにょ)の七男で、...

  • 荒木得三

    城端芸能人物

    音楽家。明治二十四年三月十六日、城端町に生まれる。幼いときより音楽を好み、その才能は早くから認められていた。東京音楽学校に入り、本科器楽部を卒業、バイオリン専攻で身を立てた。県下の音楽教育の指導...

  • 山田麗斉

    福光人物絵画

    画人。福光宇佐八幡宮拝殿「神馬図」の奉額の筆者。文久三年(1863)、紺屋与右衛門が奉納した。

  • 菊池素空

    福光人物絵画工芸

    画人。本名を左馬太郎といい狩野芳崖の門下である。竹内栖鳳とも同門であった。浅井忠の後を継いで京都国立陶器試験場長になり、京都の陶磁器業の発達に貢献した人である。当時の福光の人達はことごとく素空の...

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