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南砺市に存在している数多くの文化芸術資源に関する情報の一元化がこのページの目的です。 旧8町村の町史・村史等から文化芸術に関する情報をピックアップし、このページに集約しています。こちらのページは、市民の皆様の文化的知識を集約し、反映することも目的としているため、皆様から情報収集を行いながら少しずつ作り上げていくコンテンツです。
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※本ページは、JSPS科研費JP16K14997の助成を受けた成果物に基づき作成しております。
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ちょんがれ踊りは昔盆踊りともいわれ、春、秋の踊り、またお盆の時に神社の境内で夕方か...
かつて、国指定記念物(天然記念物)であった。いかにも厳しい風雪に耐えてきた老樹の風格があった。昔から花も実も少ないといわれていたが、根元から清水が湧き出ていて四季を通して変わらず「水持ちの栃」と...
平村にて語り継がれてきた伝説。
「五箇山の人が城端の町へ出る道に、横わたりの難所があった。村の人たちは重い荷をかついでこの道を通ったものである。その人をボッカといった。
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井波地域は「井波風」と呼ばれる強い風が吹く地域である。井波風の予報・前兆として井波地域に語り伝えられてきたものが以下のとおり。
・春は前日好天にして朝霜深く降り、霜早く溶けるときは...
井波地域は昔から強い風の吹く地帯であるが、井波の背後の八乙女山の尾根づたい、南西約1kmの尾根にある風穴と呼ばれる岩の隙間から吹き出すという伝承がある。養老元年(717)、越前の僧泰澄大師が八乙...
むかし高瀬の神が遠く高麗の国から渡来され、この水で足袋を洗われたことから「タビ川」と名づけたという。絹や木綿の足袋にコハゼをつけたのは明治以後のことで、もとはイノシシやシカの皮で毛を外側にひもで...
川上中は、藩政の頃は中村といわれ、寛文10年の藩から下付された村御印には井口中村と書かれている。
しかし、明治12年に同じ砺波郡内に中村が4か村もあったため、川上中村に改称した。その...
役行者(エンノギョウジャ)は、今から約1400年前の人であったが、心の狭いひとたちの申出によって天皇に捕えられ、伊豆の大島へ流された。この時、天皇からさしむけられた軍勢が、空を飛び雨を降らせる行...
南朝方の武将新田義貞(1338)年に、越前国藤島の戦にて討死後、一族郎党が五ヶ山に逃れて再興を図った。そのとき刀鍛冶の藤島・宇治の二氏が同道して来り、刀を鍛え、武器を制作した。藤島は山崎家に身を...
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