井波別院瑞泉寺
- 井波
- 市指定
- 建造物
概要
名称 | 井波別院瑞泉寺 いなみべついんずいせんじ |
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員数 | 18棟1構 |
地域 | 井波 |
指定 | 市指定文化財 |
種類 | 有形文化財 建造物 |
所在地 | 南砺市井波3050 |
指定年月日 | 昭和30年7月・平成16年10月26日(平成18年11月28日に統合) |
所有者 | 瑞泉寺 |
解説
瑞泉寺はたびたびの大火にあいながらも、北陸真宗の中心寺院として旧規に優る規模で復興された。復興を期に本山の建築技術者との関わりの中で、井波の建築技術が次第に高められていった。
現在の本堂・太子堂・鐘楼堂における建物全体から細部にいたるまでの意匠的・技術的優秀さをみると、それぞれ明治・大正・昭和初期の堂宮建築技術の粋を凝らしたものとして、全国的にも特筆すべき建築といえる。
式台門は、宝暦12年(1762)の大火で、本堂、山門、司晨楼などとともに焼けたが、寛政4年(1792)に再建されたものである。門の扉には、菊の紋章がついていることから、菊の門ともいわれている。門に残る数々の彫刻から、当時の名工たちの木彫の技法をうかがい知ることができる。
太鼓堂は天保13年(1842)に再建されたものである。念仏、読経などをする時刻を告げるために、ここにある太鼓を鳴らしてきた。瑞泉寺11代浪化が、この太鼓堂を司晨楼と名づけた。晨というのは、朝という意味で、早朝に時をつげるという意味がある。
瑞泉会館・御殿・虎の間・桜の間も、明治から昭和初期の時代的特徴をよく備えており、近代和風建築としての価値はきわめて高い。